ペンローズ・タイルは1,500通りの平行移動でも90.53%しか重ならなかった。周期格子は100%
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ペンローズ・タイルは1,500通りの平行移動でも90.53%しか重ならなかった。周期格子は100%


床を隙間なく敷き詰めるタイルには、たいてい繰り返しがある。正方形、正三角形、正六角形。どれも同じ模様が一定間隔で現れる。

ペンローズ・タイルは、それをやらない。2種類のひし形で平面を隙間なく埋められるのに、どんな平行移動でも自分自身に重ならない。1974年にロジャー・ペンローズが見つけたこの性質は「非周期タイリング」と呼ばれ、後に実在の物質(準結晶)として見つかったことで2011年のノーベル化学賞につながっている。

繰り返しがないことを、どうやって確かめるのか。それを測るのがこの記事の目的だ。

実験に使ったコードの全文はGitHubに置いています

2種類の三角形を割り続ける

作り方は拍子抜けするほど単純で、頂角36度の三角形と108度の三角形を用意し、決まった規則で細かく割っていくだけだ(ロビンソン三角形の細分)。

9枚のタイリング図を並べたアニメーション。中心から放射状に並んだ10枚の三角形から始まり、細分のたびに三角形が増えて、黄色と青の2色のタイルが円盤を埋め尽くしていく。回を追うごとに模様が細かくなる

段階を並べるとこうなる。

4枚のタイリングを2×2に並べた図。1回細分では大きな三角形が20個、3回で130個、5回で890個、8回では細かい黄色と青のタイルが円盤全体を埋め尽くしている。それぞれに2種類の三角形の個数が書かれている

個数の比は黄金比になる

細分を繰り返すと、2種類の三角形の個数比はどうなるか。

細分回数36°の三角108°の三角
110101.00000000
350801.60000000
53405501.61764706
86,1009,8701.61803279
1041,81067,6501.61803400

黄金比 φ=1.61803399\varphi = 1.6180339910回細分した時点で8桁一致した。

左は細分回数に対する個数比のグラフで、1.0から急速に黄金比の破線へ収束する。右は黄金比との差を対数目盛で描いたもので、細分のたびに一定の割合で下がっていく直線になっている

理由は細分の規則そのものにある。36°の三角形1つは(36°, 108°)を1つずつ生み、108°の三角形1つは(36°, 108°, 108°)を生む。この漸化式はフィボナッチ数列と同じ形をしていて、比は φ\varphi に収束する。黄金比を目指して作ったのではなく、規則から出てきた。

回折パターンは10回対称

準結晶が発見された経緯は、X線回折で「あってはならない」パターンが見えたことだった。結晶の回折像は2回・3回・4回・6回のいずれかの対称しか持てないことが、結晶学の定理として知られていた。5回や10回対称は起こりえないはずだった。

頂点の位置から回折強度 jeikrj2|\sum_j e^{-i\mathbf{k}\cdot\mathbf{r}_j}|^2 を直接計算した(格子に載せると格子自身の対称性が混ざるので、点の座標から直に計算している)。

左は回折パターンの画像で、暗い背景に明るい斑点が同心円状かつ放射状に並び、10方向に強いスポットが伸びている。右は角度方向の対称性の次数ごとの強さを示す棒グラフで、10次だけが突出して高く赤色で強調されている

角度方向のスペクトルで最も強かったのは10次だった(相対強度1.000)。しかもスポットは点として鋭く、ぼやけていない。鋭いスポットは秩序がある証拠で、10回対称は周期結晶ではありえない。この2つが同居しているのが準結晶だ。

本当に繰り返さないのか

ここが今回いちばん確かめたかったところだ。「周期がない」を直接測るために、頂点の集合を平行移動して、元の集合とどれだけ重なるかを調べた。

近くの頂点どうしの差ベクトル1,500通りを候補として全部試し、最も重なった割合を記録する。比較として、周期的な三角格子でも同じことをやる。

横棒グラフ。ペンローズ・タイルは90.53%、周期的な三角格子は100.00%。100%の位置に点線が引かれている

最もよく重なった平行移動
周期的な三角格子100.00%
ペンローズ・タイル90.53%

周期格子は当然100%になる。格子ベクトルぶん動かせば完全に自分自身に重なる。

ペンローズは90.53%。ここが面白いところで、0%ではない。9割の頂点は、ある平行移動でぴたりと別の頂点に重なる。それでも残りの1割が合わない。そして候補を1,500通り試して、これが最良だった。

この「惜しい」感じは、ペンローズ・タイルの性質そのものだ。どんな有限の範囲を切り取っても、その模様は他の場所に何度も現れる(局所同型性)。だから局所的には繰り返して見える。ところが全体を一致させる平行移動は存在しない。どこを見ても見覚えがあるのに、一度も同じ場所に戻らない。

まとめ

  • 2種類の三角形を同じ規則で割り続けるだけで、個数比は黄金比に10回細分で8桁一致(1.61803400 対 1.61803399)
  • 頂点配置の回折パターンは10次の対称が最強。鋭いスポットを持ちながら結晶では不可能な対称性を示す
  • 1,500通りの平行移動を試して、最良でも90.53%しか重ならない。周期的な三角格子は100.00%
  • 9割重なるのに完全には重ならない、という「惜しさ」が非周期性の正体

90.53%という数字を見たとき、最初は測り方を間違えたと思った。周期がないなら、もっと低い値になるはずだと。

考え直して、これが正しい姿だと分かった。ペンローズ・タイルは「バラバラ」なのではない。むしろ規則だらけで、どの一片を取っても他の場所に同じものがある。足りないのは、その一致を全体に広げる方法のほうだ。

局所的にはどこまでも整合するのに、大域的には一度も閉じない。この構造は、たぶん数学の外にもある。ある部署のやり方が別の部署でもだいたい通用して、9割は同じなのに、全社で統一しようとすると必ず1割が合わない。その1割を潰そうとすると、今度は別の場所がずれる。

繰り返しがないことは、無秩序であることを意味しない。秩序が足りないのではなく、秩序の種類が違うという場合がある。それを見分けるには、90.53%を「ほぼ100%」と読むか「100%ではない」と読むかを、最初に決めておく必要がある。