メビウスの輪には裏表がない。次元削減で平らに広げたら、どこかを潰すしかなかった
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メビウスの輪には裏表がない。次元削減で平らに広げたら、どこかを潰すしかなかった


紙テープを半回転ひねって輪にすると、メビウスの輪ができる。表面を指でなぞっていくと、いつの間にか「裏側」に来ていて、一周半でスタート地点に戻る。裏表の区別がない面——数学では「向き付け不可能」と呼ぶ。

スイスロールは綺麗に展開でき、穴あきでも大域構造は保たれ、結び目はほどけた。ではメビウスの輪はどうか。この面は、切らずに平面へ広げることが原理的にできない。次元削減アルゴリズムたちは、この不可能な要求にどう応えるのだろう。

対照実験として、ひねり0回のただの帯(平らな輪、これは平面に広げられる)とひねり2回の帯も用意した。ひねり2回は見た目はねじれているが、実は向き付け可能で、平面に広げられる。

展開結果: 一見どれも成功している

3種類の帯を4手法で2次元化した。色は帯の幅方向の位置(青=片方の縁、赤=もう片方の縁)。

3条件×4手法の埋め込み。すべての条件で輪の形が復元され、円環相関は0.94〜1.00。ただしひねり0回では青と赤が内外に綺麗に分離しているのに対し、メビウスでは輪の途中で青と赤が入れ替わっている

「輪に沿った位置」の復元度は、全条件・全手法で0.94以上。数字の上では誰も失敗していない。穴あきロールの回と同じで、指標だけ見ていると何も起きていないように見える。

しかし絵をよく見ると、ひねり0回では青(内側の縁)と赤(外側の縁)が綺麗に分離しているのに、メビウスでは輪の途中で青と赤が入れ替わっている

「表裏の一致度」を測る

そこで、展開図上で「輪の中心線より外側か内側か」と、元の帯の幅方向の位置(表か裏か)が一致しているかを、角度ごとに測った。向き付け可能なら全周で一致するはずだ。

上段: ひねり0回。埋め込みは青と赤が綺麗に分離し、表裏の一致度は全周で+0.8〜1.0を保つ(反転0回)。下段: メビウス。埋め込みで青と赤が交差し、一致度は+1の領域から-1の領域へ急落する。図内注釈「ここで表裏が入れ替わる」

  • ひねり0回: 一致度は全周で正のまま。反転0回
  • メビウスの輪: 一致度が+1の領域と-1の領域に分かれ、その境界で反転する

向き付け不可能性が、アルゴリズムの出力の中に継ぎ目として現れた。位相幾何の定理が、実装の副作用として観測できたことになる。

継ぎ目で何が起きているのか: 帯を潰していた

ここで疑問が湧いた。表と裏が入れ替わるには、帯がどこかで自分自身と交差しなければならないはずだ。ところが「埋め込みで近いのに元の帯では遠い点のペア」(=重なりの証拠)を測ると、0.0%。重なりは作られていない。ではどうやって反転を実現したのか。

帯の幅を角度ごとに測って、答えが出た。

左: 角度ごとの帯の幅(中央値=1に正規化)。ひねり0回は0.85〜1.11でほぼ一定なのに対し、メビウスは反転位置で0.14まで落ち込む。図内注釈「幅が14%まで潰れる(=ここで表裏が入れ替わる)」。右: 幅と表裏一致度を重ねると、くびれる場所と反転する場所が一致している

メビウスの輪は、反転位置で幅が中央値の14%まで潰れていた(ひねり0回は0.85〜1.11でほぼ一定)。重なりを作らずに表裏を入れ替えるために、Isomapは帯をそこでほとんど1本の線まで絞っていたのだ。しかも右の図が示すように、くびれる角度と反転する角度はぴったり一致している。

平面に収まらないものを平面に収めるとき、どこかに歪みを押し付けるしかない。その歪みが「くびれ」という形で1箇所に集約されていた——不可能を可能にする代わりに、局所的な情報の圧殺という代償を払っている。

手を動かして意外だったこと

いちばん面白かったのは、アルゴリズムが「嘘のつき方」を選んでいることだった。数学的に不可能な要求(向き付け不可能な面を平面へ)に対して、取れる選択肢は「破る」(帯を切る)か「重ねる」(自己交差)か「潰す」(局所を圧縮)の3つしかない。Isomapは3番目を選んだ。近傍関係を壊さないことを最優先する設計なので、切ることも重ねることもできず、残った唯一の逃げ道が「潰す」だったわけだ。

そしてまた、指標は無事なのに構造は壊れているという事態に出くわした。輪の復元度は0.999。それでも表裏は入れ替わり、一箇所は原型を留めないほど潰れている。穴あきの回結び目の回と、多様体シリーズは毎回この構図に行き着く。可視化を伴わない次元削減は、何が失われたかを教えてくれない

無理な要求を通すと、システムはどこかを潰して帳尻を合わせる。それは全体の指標には現れず、潰された1箇所だけが静かに原型を失う——ソフトウェアでも組織でも見覚えのある光景だと思う。

まとめ

  • 向き付け不可能な面(メビウスの輪)を、ひねり0回・2回の帯と比較しながら4手法で2次元展開した
  • 「輪に沿った位置」の復元度は全条件で0.94以上——単一指標では失敗が全く見えない
  • 表裏の一致度を角度ごとに測ると、ひねり0回は全周一致(反転0回)、メビウスは途中で反転する「継ぎ目」が生まれる。位相の制約がアルゴリズムの出力に観測可能な形で現れた
  • 反転には自己交差が必要なはずだが、重なり(偽の近傍)は0.0%。代わりに帯の幅が反転位置で14%まで潰れていた(ひねり0回は0.85〜1.11で一定)
  • 不可能な要求に対してアルゴリズムは「切る/重ねる/潰す」から潰すを選ぶ。歪みは1箇所に集約され、全体の指標には現れない